ジョグジャカルタからの訃報
インドネシア陸軍に深い悲しみが広がっている。元陸軍参謀長(KSAD)のスバギョ・ハディ・シスウォヨ退役陸軍大将が、月曜日(2026年10月19日)午後4時20分(西部インドネシア時間)頃、ジョグジャカルタのパンティ・ラピ病院で死去した。享年80歳だった。
スバギョ氏の死去は、ゲリンドラ党ジョグジャカルタ特別州支部のグントゥール・ユディヤント副書記長が月曜夕方、detik.comに対して認めた。同様の情報は、Kompas.comが引用した遺族からのメッセージでも伝えられている。
「事実です。スバギョ氏が本日亡くなりました」とグントゥール・ユディヤント副書記長は訃報を認めて述べた。
陸軍司令部に安置、カリバタ英雄墓地に埋葬へ
スバギョ氏の遺体は月曜夜、ジョグジャカルタ市ゴンドクスマン区コタバルの遺族宅に安置された。第072歩兵旅団(パムンカス)報道部長のスウィト歩兵少佐は、遺体が火曜日(2026年10月20日)朝にジャカルタへ搬送されると明らかにした。
「明朝7時(西部インドネシア時間)の便でジャカルタへ向かい、陸軍司令部に安置された後、カリバタ英雄墓地に埋葬されます」とスウィト少佐は語った。
レプブリカ紙の報道によると、中央ジャカルタの陸軍司令部(Mabesad)での安置式典は火曜日午前9時45分頃に行われる予定である。南ジャカルタのカリバタ国立英雄墓地での軍葬による埋葬は、同日午後1時頃に予定されている。
改革(レフォルマシ)期の陸軍参謀長
スバギョ・ハディ・シスウォヨ氏は1946年6月12日、ジョグジャカルタ特別州バントゥル県ピユンガンで生まれた。1970年にインドネシア国軍士官学校(AKABRI)を卒業し、軍歴の多くを精鋭部隊である陸軍特殊部隊(コパスス)で過ごした。
1981年、タイで発生したガルーダ・インドネシア航空機ハイジャック事件の人質救出作戦(ウォイラ作戦)に参加したことで広く名を知られるようになった。その後、1994年から1995年までコパスス司令官を務め、後任のプラボウォ・スビアント氏に引き継いだ。
その後、第4軍管区司令官(ディポネゴロ)および陸軍副参謀長を経て、1998年2月16日に陸軍参謀長に就任した。1999年11月20日までの任期は、1998年5月の暴動、トリサクティ事件、スハルト大統領の退陣、そして民主化改革(レフォルマシ)の初期段階など、激動の政治的混乱期と重なった。同氏はスハルト、B・J・ハビビ、アブドゥルラフマン・ワヒドという3人の大統領のもとで陸軍を率いた、数少ない高級将校の1人となった。
軍退役後の国家への奉仕
軍を退役した後も、スバギョ氏は国家への奉仕活動を続けた。2006年には良心民の党(ハヌラ党)の結党メンバーの1人として名を連ねた。
2015年にはジョコ・ウィドド大統領より大統領諮問会議(Wantimpres)の委員に任命され、2015年から2019年まで同職を務めた。第072歩兵旅団(パムンカス)の将兵一同も、この元陸軍高級将校の逝去に対し深い哀悼の意を表した。









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